総合評価入札で落札された現場でこんな会話が交わされている。
「施工計画書に書いてしまったので、それはやらないといけないんですよ」
「なぜ?」
「やらないと、ペナルティがあるんです。」
「・・・」
入札時点での施工計画は、いくら詳細に計画しようとしたところで、どうしても確定できない部分が出る。
このような不確実な部分を、不必要なまでに詳細に計画することは時間の無駄である。
不確実なことは、不確実であることを明らかにし、必要なときまでに忘れずに検証すれば良い。
そういう意味で、入札時点での施工計画は、仕事を始めてみないとわからない部分については、一般論に終始せざるを得ない。
不確実なことを確かめもせずに、詳細な計画を立てたところで、結局使えないものができるだけである。
しかし、困ったことに総合評価技術提案で受注した工事は、不十分な計画によって実際の行動が縛られてしまう。
不確実性満載の状態で行った計画に対して、実際に現地を確認して、もっと良い方法が見つかったのならば、計画を修正し、より価値を高める方法をとることは、技術者として当たり前の努力である。
が、しかし、それを行うとペナルティがあるからといって、現場技術者が自らの技術的見解や創造力までを封印しようとしてしまう。
総合評価制度の施工計画提案とは、そのような行動の制約を与えるためのモノではないはずだ。
我々が本当に実現しなければならない価値が何であるか、もう一度よく考えて、制度を運用していただきたいと切に思う。
そのためには、正しい行動が、正しく評価されるように一刻も早くしなければならない。
受注者側は、計画には変わらない部分と変わる部分があることを認識した上で、技術提案を行うことが必要である。
発注者側は、入札時の提案が完璧であることはないため、それよりもさらに良い提案を出してきた場合には、入札後VE等の仕組みを利用して適切に評価し、修正できる余地を残すことが必要である。
制度の目的は、人を罰することではない。
より良い社会資本を、より効率的・効果的に整備するために努力したい。
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